今日まで物質科学は幅広い分野で様々な課題に取り組み、多くの方々の独創的な研究や粘り強い研究開発によっていくつかの問題を克服してきました。しかし高度に発展してきた科学技術が生み出した多くの切実な、そして深刻な問題に私達は直面しています。カーボンニュートラルやSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を実現するために果たさなければならない様々な研究テーマへの取り組みは、現在、待ったなしの状態です。より効果的に研究・開発を進めていく体制として、産・学・官の連携、そして様々な意味での「多様性」を大切にして取り組んでいくことが大切だと考えています。
様々な新聞やニュースで、日本からパブリッシュされた注目度の高い論文の数がここ10-20年では海外の先進国と比較し減少しており、その他国際的な科学技術成果の発信力も低下してきているという記事が散見されます。これは、様々な理由が絡み合った「複雑骨折」だと考えられますが、日本において科学技術の研究開発の場での多様性が失われてきているのも原因の一つだろうと感じます。例えば、運営費交付金を減らし競争的資金を増やすなど、研究・教育予算に関する偏った、行き過ぎた「選択と集中」などは、研究の場の多様性を大きく損なってきたのではないでしょうか。
それでは、なぜ研究・開発、そして教育の場で多様性を担保することが大切なのか。その本質は、自己懐疑性を持つことにあります。自分自身が存在する意味や自分という存在の価値を疑うことは、哲学や文学が生まれる最も基本的な要素ですが、自然科学においても自己を相対化することは本質的に大切なことです。自己懐疑性が失われると、少し古い言葉ですが「無謬性の神話」に陥って、硬直化してしまいます。これは多様性の欠如によって引き起こされます。アインシュタインは以下のような言葉を残しています。「想像力は知識より重要である。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む。」 “Imagination is more important than knowledge. Knowledge is limited. Imagination encircles the world. (Albert Einstein)” 多様性の中での葛藤や刺激の中で想像力が育まれます。
材料科学・工学は、固体物理学、固体化学、半導体工学、高分子化学、機械工学、プラズマ科学、環境科学など、多くの専門領域を横断する分野です。日本MRSは理学・工学にまたがる材料科学・工学の共通基盤としての役割を果たしてきています。応用分野は多岐にわたる分野にまたがっており、多様な方々と出会うことができる素晴らしい場です。日本MRSが産・学・官の連携のための機能的なプラットフォームとして活用できる場になるように発展させていきます。日本MRSでの様々な方々との出会いは刺激に満ちており、想像力を刺激し、膨らませてくれるはずです。
一般社団法人 日本MRS 会長 重里 有三