研究所紹介
イオンビームアシスト法による機能性薄膜の作製
工学院大学工学部助教授
鷹野 一朗
1. はじめに
携帯電話や携帯型パソコンの普及をはじめとしたIT技術に関わる材料の方向性は軽量化と小型化,そして環境の維持であり,21世紀に向けた材料の開発において薄膜技術は益々重要性を増している.このような状況の中で薄膜の高機能化・多機能化のための技術は,ウエットプロセスやドライプロセスに関わらず注目されるところである.本稿ではドライプロセスの中でも特に真空蒸着とイオンビームを組み合わせたイオンビームミキシング技術について紹介する.最近では,DLCやC-N等の新物質形成も行われている1).
薄膜形成においてイオンビームを使う主な理由は次に示す2つの効果からである.1つは半導体の不純物注入に代表されるような元素の添加,もう1つは加速イオンによるエネルギー輸送である.前者はイオンビームミキシングやダイナミックイオンミキシングのように反応性元素をイオンとして添加し薄膜を作製する.本稿のようにアシストという意味では,イオンビームにArやHeなどの不活性ガスを用いた後者のエネルギー付与のイメージが強いと言えよう.ただし広義の意味では,イオンビームを用いた手法を一般にイオンビームアシスト法として表現することも多いようである.
図1にイオンビームアシスト法の概念図を示す.膜形成初期段階では加速したイオンにより蒸着原子が衝撃を受ける.この際,蒸着原子の一部はスパッタにより真空中に放出され,一部はイオンとの弾性衝突によりエネルギーを受けとり基板中にノックオンされる.基板と薄膜界面には基板原子と蒸着原子の混合層(ミキシング層)が形成される.基板へ侵入した蒸着原子をアンカーとして薄膜が形成されると,基板にくさびを打つような構造となり,形成薄膜は強い付着力を得ることができる.ミキシング層形成後は,蒸着速度,イオンエネルギー及び照射量をコントロールすることで目的の薄膜を作製する.イオンに反応性ガスを用いれば当然のことながらイオンも膜の構成元素となり,不活性ガスであれば膜は蒸着元素で構成される.ここでは,反応性および不活性ガスイオンをビームとして用いた最近の研究について述べる.
2. 反応性ガスイオンビームの利用
反応性ガスイオンビームに用いられる代表的なイオン種は,NやO等であり,これらのイオンと真空蒸着を組み合わせることにより,窒化物や酸化物を合成することができる。最近では2台の蒸着源を用いてN2+イオン照射を同時に行いTiAlN2)3)やTiCrN等の3元系の窒化物が作製され,2元系では得られない特徴を示すことが明らかになっている.
図2にはダイナミックイオンミキシング法によって作製されたTi1-xAlxN膜(N:30%)の組成xの変化に対する,硬さHk,ピンオンディスク型摩擦試験による摩擦係数m及び電気化学インピーダンス法による耐食性Rtの測定結果を示す.硬さ及び摩擦係数ともにxが0.5から0.6にかけて大きな変化を示し,Alの増加により機械的特性は低下していくことがわかる.一方,耐食性を示すRtに着目すると,x=0.4でTiNやAlNよりも高い値が得られ,1元素追加することで多機能化が図れる.イオンビームを用いることによる薄膜の特長は,耐食性測定後の膜形態にも現れ付着性に優れていること,窒素量をコントロールできることなどである.
3. 不活性ガスイオンビームの利用
不活性ガスイオンにArを用いミキシング層を形成する方法は,基板と薄膜との材質が異なる場合に有効であり,高分子やセラミクス基板への金属膜形成(メタライゼーション)において大きな効果を示すことが報告されている4)5).一方,このエネルギーを物理的効果としてだけ利用するのではなく,その一部を反応のエネルギーとして利用することもできる.すなわち,加速イオンを照射することで化学結合を促進させ,さらには結晶性をも制御しようという考えである.単に熱エネルギーを付与するのであれば,抵抗加熱や赤外線,レーザー加熱などでもよいが,イオンビームの場合には物理的効果も介在していることが特長である.ここでは近年環境材料として注目されているTiO2膜の形成について述べる.TiO2はTi蒸着とO2+イオンの照射により形成可能であることが容易に予想されよう.この場合,O2供給とエネルギー供給はO2イオンビームとして同一パラメータで扱われる.一方,O2雰囲気中で不活性ガスイオンを照射すると,O2供給と反応のためのエネルギーは独立したパラメータとして扱うことができる.実際には不活性ガスをイオン源に導入後,基板付近に放出するO2量をガス圧によって決定し,Ti蒸着と同時に不活性ガスイオンを照射する.不活性ガスイオンの加速電圧と照射量は基本的にはO2の供給量と無関係であるため自由に設定できる.このような組み合わせはイオンビームアシスト反応性蒸着法と呼ばれており,Ar+あるいはHe+イオンを使ったTiO2膜の低温形成が試みられている6)7).
図3にはHe+イオンビームアシスト反応性蒸着法において,加速電圧をパラメータとしたHe+イオン照射電流密度に対する基板温度の変化を示す.図中に示した点線はXRDによる構造測定より得られ,TiO2構造を示した領域(結晶)と示さない領域(アモルファス)の境界ラインである.このラインを単純にイオンの加速電圧と電流の積で見積もると40mWラインにほぼ一致する.このことはイオン照射エネルギーがTiO2の結晶化に関与しており,ここでの基板温度は加熱形成で用いられるTiO2の形成温度とは無関係であることを示している.すなわち,基板上に到達したTiとO2は,He+イオン照射によってエネルギーを受け取りTiO2となる.このHe+イオンのエネルギーは基板表面で化学結合のためのエネルギーとなり,基板そのものを加熱するエネルギーとはならない.これによって,基板を高温に加熱することなく60℃程度でTiO2形成が行えるものと考えられる.
4. まとめ
半導体以外への材料にイオンビームが応用されてから,これまでに種々の材料が創製され,イオンビームの有効性が明らかになってきた.しかし,コスト面などの問題もあり産業界への応用はいま一歩の感がある.21世紀においては基材となる新しい材料も開発され,とりわけ高分子材料の利用も盛んになると考えられる.異種材料間の接合や低温形成は益々重要となり,イオンビームによってのみ可能であるような高付加価値を目的とした機能性薄膜の開発が期待される.
これらの研究は文部省ハイテクリサーチセンター整備事業の一環として行われている.
参考文献
1)Editors: L.Hengde, B.D.Sartwell, J.Chengzhou, L Xianghuai, Z.Huixing, "Surface
modification of metals by ion beams 11" (Elsevier,1999)
2)神谷 誠, 中村 勲, 鷹野一朗, 澤田芳夫; 表面技術, 48, 913 (1997).
3)I.Nakamura, M.Kamiya, I.Takano and Y.Sawada; Jpn. J. Appl. Phys., 36, 2308
(1997).
4)鷹野一朗, 納谷雅文, 沢田 智, 澤田芳夫; 電子情報通信学会, EMD97-62 (1997-10).
5)I.Takano, N.Inoue, K.Matsui, S.Kokubu, M.Sasase and S.Isobe; Surface and
Coatings Technology, 6, 509 (1994).
6)笹瀬雅人, 鷹野一朗, 磯部昭二, 横山修一; 電気学会論文誌A, 116, 9, 804 (1996).
7)牧 恵吾, 鷹野一朗, 沢田芳夫; 第100回表面技術協会講演大会, 154 (1999).